ニコニコ湯 鈴木秀和さん 41歳
とにかく作ることが好き
「キレイな木材が来るとうれしいもので。ウッドデッキ作ったり、木っ端はオブジェにしたり、スリットを入れて名刺立てにしたり」。
ニコニコ湯の湯を沸かす廃材の薪の話だ。昔は銭湯の湯を沸かすのは廃材やおがくずだった。解体現場から持ち込まれる廃材は、解体事業者が自力で処分しようとすると産業廃棄物なので処分費用が必要になる。でもそれを必要とする銭湯に持っていけば燃料となるため引き取ってもらえる。
ただし、サイズや形がバラバラだったり湿っていたり、釘や金具がついていたりして、薪にするにはちょっと手がかかる。とはいえ、win-winなサイクルがうまく回っていた。
近年、CO2排出量が多いなどの観点から、そして何より銭湯の人手不足から、銭湯の熱源はガス化する方向にある。でもニコニコ湯を経営する夫妻はまだ若い。手間はかかっても薪でがんばっている。「薪はやめない。ガス化するとしても薪は残します。何かあったときの保険です。災害時、ガスでは営業できないこともある。薪があれば避難所としても温かく使ってもらえるから」。さらにここでは廃材は湯を沸かす以外にも大活躍していて「宝の山」だという。
「いい蝶番(ちょうつがい)とかついたままで来たらとっておくんです。最近の家は集成材でできてるけど、昔の家にはすごいいい木が使われているから、キレイなのが来たらストックしておいて、机を作ったり、椅子を作ったり。『彫金の部屋』も廃材で作ったんです」。
とにかく作るのが好き。表現することが好き。子どもの頃からそうだった。だから、高校を出たとき、「画像を自由に曲げられる」と聞いて、印刷会社に就職した。聞いていた話とは違って印刷機を回す仕事に。でも面白かった。ここで学んだことは多く、その後の人生に大いに役に立っている。同業で2回転職した。パソコンを使ってDMや社内誌、雑誌や学校書籍の紙面をレイアウトした。また、マンガ、青年誌、広告デザイン等様々だ。
30代で銭湯を継ぐ
実家の銭湯は、継ぐつもりがなかったわけではない。両親からも「継げ」と言われたことは一度もない。ただ「継いで欲しい」という親の気持ちは「プンプン匂っていた(笑)」。
カメラや熱帯魚や書道やいろいろなことをやり、町会長も引き受けた祖父が大好きで、いつもくっついていた。そして両親から教えられたことも多かった。だから父が糖尿病、肺気腫を患って体調を崩したとき、実家の「風呂屋の仕事」と、今携わっている「出版の仕事」を比べて決心。器械体操やっててガタイの良かった父の背中が小さくなったことがその決心を後押しした。
3年前。「肝っ玉母ちゃん」の妻の賛同も得て30代の終わり頃、両親に言った。「継がせてください」と。父はじわりと涙し、母は号泣した。しかし、それから3週間したころ、母が「私、がんになっちゃった」。すい臓がんだった。「オフクロは腹くくってるタイプで精神的に強い人だから、あっけらかんと言われました」。
それからは、あっという間だった。母が亡くなり、父も同月に他界。いきなり経営者になった。
ドラマのように目まぐるしいほどの展開に「大変じゃないですか?」と聞くと、「大変とは思わないですね。というか、大変というくくりにしたくない。難しいことを、仕事や時間のせいにはしたくないんです」と言う。
「会社員だったころは、自分で作ったものにダイレクトに反応がないし、パワーバランスでできないことも多い。それに比べて今は、反応もあるし、刺激が多くて楽しいですね。経営者ですから、自分のやりたいことが何でもできる。全ての責任が自分にかかるわけですが、覚悟がとうにできてます。両親がもういないですからね。親父がいたら、まだ腹くくってなかったかもしれません」。
普段づかいできる銭湯グッズ
浴場組合にも顔を出すようになり「無知は武器だと思い」、様々な提案をした。他業種とのコラボや、SNSの活用など。「守りと攻め、そして地元が協力し合うことで盛り上げたい」。
地元のカフェ「Sd Coffee」とコラボして、千住の銭湯8軒の名前を入れて鈴木さんがデザインした「センジュセントウ×Sdcoffee手ぬぐい」は好評で、2020年10月10日に放映されたテレビ東京の「出没! アド街ック天国〜北千住〜」でも上位で取り上げられた。実は放映情報を聞きつけ、間に合わせたというのが裏話だ。そのスピード感、パワーは見ていて楽しい。「銭湯好きのSd Coffeeオーナーの鈴木さんとはずっと何かやりたいねって話をしていて。良い後押しでした」。W鈴木が集まると「子どもが2人いるみたい」なのだそう。
ニコニコ湯オリジナルグッズもいろいろある。デザインがかわいくて、思わず買ってしまう小物たち。「自分が欲しいものを作ってるんですよ。グッズがきっかけで風呂屋に来てくれたらいいなと思って。これまでの風呂屋のグッズは、『銭湯です!』というモノが多いのでウチでは、さりげない普段づかいのできるものを心掛けてます」。デザインを考えるときは、若者が多いSdcoffeeに行ったり、まちのなかでファッションを観察したりする。
コロナ禍の中、地方から出てきた学生が、オンライン授業が続き学校にも行けず友達にも会えず、ある夜、ニコニコ湯の灯りを見つけて入ってきたという。湯につかり、鈴木さんと話して、「ぬくもりを感じました。やっと生きてる感じがしました」と笑って帰ったという。「どんなときでも、人と会うことは大事です。銭湯は、それができるトコロのひとつです」。高い天井や湿度のある銭湯の空間が好きだ。「日々の疲れで風呂掃除が面倒だったら銭湯に来てください」。検温、消毒、パーテーション・・・組合で話し合いながら、できることは次々取り組みながら、銭湯業界はがんばっている。
鈴木家の家訓
ところで鈴木家には家訓が2つあるという。
ひとつは「孤掌難鳴(こしょうなんめい)」。意味は、ひとつの手で音を鳴らすのは難しい、つまり、何事も一人だけの力では成し遂げることは難しいということで、代々人とのつながりを大切にしてきた鈴木家の気風が伝わってくる。
もうひとつは、3代目の鈴木さんがつくったものだ。「お金がなければ創ればいい」。
まさにご本人を体現するような家訓だ。
廃材を使った部屋や机や椅子やグッズのみならず、たとえば「インディアンジュエリーが好きで」彫金をはじめた。電気工具などを使わなくても、作ることができると知り、海外から来日したアーティストの懐に飛び込んでコツを教わった。
始めて5−6年と言うが、ものすごくきれいで、銀の凹凸の深みのある色にほれぼれする。「時間の長さじゃなくて密度です」と鈴木さんは言う。つくった髪留めやかんざしで伸ばした髪をとめる。アクセサリーをつけたくて、髪を伸ばしていると言えるかもしれない。
ときどき売ってほしい、作ってほしいと言われるが、自分が使わないものを作りたくないし、気持ちの乗っているときしか作りたくないから、基本は注文を受けない。ただ、友人の誕生日や節目に贈ることはある。「喜んでもらえるのがうれしい」。彫金は挑戦したいことがたくさんあるのだという。また、レザークラフトもそのひとつで手掛けることもある。
好きなもの。革、珈琲、古着・・・
革は昔から好きだった。
14年前、千住に「天神ワークス」ができたとき、たまたま店の前を通りがかり入ってみた。店長の高木さんと話してみると話が合い、それからのつきあい。
「近所のお兄さんのような存在で、何かをつくるときに相談に乗ってもらうことが多いですね。家族ぐるみでつきあいがあり、バーベキューをやったり。天神ワークスは、いろんな人と知り合った起点でもありますね」。
天神ワークスは、革好きなら知らない人はいないとも言われるレザーマニア垂涎の店だ。天神ワークスの革は「国内トップレベル」と鈴木さんは言う。手触りが違い、革好きにはたまらない魅力だと言う。
10年程前にオーダーをして、革ジャンを買った。「50年着れる」と思い、大切に「育てて」いるという。7年前に青色の革ジャンも買った。こちらは通勤時に毎日着たおして、やさしい落ち着いた色になってきた。この革ジャン、天神ワークスが開催する、美しい革のエイジングを競う「A-1グランプリ」で、2015年、優勝している。
革の魅力は、丈夫なことと、着る人によって変化すること。
「愛情を注げば応えてくれるのが革。同じ革ジャンが、10年経てば、着る人によって全然違うものになります。革ジャンはジャストサイズでないとカッコ悪いんですよ。脱いでも自分がいる感じなのが革ジャン。また、腕の曲がる部分などのしわや折り目に革の陰影ができて濃くなる。革の醍醐味ですね」。
天神ワークスは、今もちょくちょく立ち寄る店だ。もっと話がしたいとき立ち寄るのが、隣の老舗喫茶店「珈琲物語」。「よく行く店」と聞いて、今回の取材場所とさせてもらった。頼むのはいつも濃く淹れた「ノワール」。コーヒーが好きだが、ノワールが飲める店は少ないという。
古着も好きだ。古着の何が好きなのか聞いてみると、「古くさいのが好き。ボロボロなのとかも好きです。50年前につくられた洋服が今でも着られるというロマンが好き。昔の洋服は今のと違ってしっかり作られてますからね。そのときにしかなかった背景などを知ると楽しいんです。古着ははまると沼です(笑)。こだわった古着は決して安くない」。
このところ千住には古着屋が増えていて、買うものによって使い分けている。よく行くのは、北千住駅前の飲み横の中に突如現れる小さな店「髭」。「軍ものが好きなので、髭はそのジャンルの仕入れがいいです。つなぎなんかも買います」。たまに行く千住中居町のsolecakesは靴工場だった建物をセルフリノベーションした古着屋。「独特のラインナップ」が特徴で、ネクタイやシャツに面白いものがある。ここで買ったネクタイは「かなり攻めてる」。浴場組合の会合に行くときに締めて行くという。昨年できた4号線沿いの古着屋type.Bで買ったカーディガンは気やすくて重宝している。
千住のこと
「最近ようやく千住と向き合ってる気がします。いやあ。新鮮です」。千住で生まれ育って暮らしてきたけれど、小中高、そして会社員時代も通う先は千住の外だった。経営者にもなり、あらためて見てみるといいまちだなあと思うと言う。「いろんなものがあって。風情もあるし人情もあるし、小さい中にいろんなものがギュッとつまっていて、バランスがすごくいい。人とつながろうと思ったときにつながりやすい」。そんな千住の「空気感」が好きだという。
「古民家プロジェクトがいろいろ動いているのもいいですね。今までは、壊して、新しく建てて、これまであったものや文化を壊すことが多かったから。千住寿町の『せんつく』や、まだお伺いできていませんが『rojikoya』『グラン座』『てまり工房』など東口も面白い。ああ、ようやくこういう時代が来たか、と思います」。
好きな店もいろいろある。会社員時代、週2で通ったのが、宿場町通りの「タイムトンネル」。昭和の雰囲気があってオススメだという。
今は毎日忙しいので、店休日の木曜日は何もせず、家族で外食する時間を大切にしている。よく行くのは「和食ビストロ寛」「ウチワラベ」など。「宇豆基野」のランチは、季節の炊き込みご飯が好きで、4回行った。予約を取るのが難しいのでは? と聞くと「うちの家族は食には貪欲なんで」と笑う。
コーヒーも好きで、このごろなぜか千住に自家焙煎珈琲の店が増えているのがうれしいという。SdcoffeeやTama Coffee Roasterでテイクアウトすることが多い。自分では煎れないのですかと聞くと、「自分の時間を地元の店で消費したくて」とのこと。千住LOVE度、かなりである。
新しい、面白い動きや人を歓迎するが、地元の商店や銭湯業界にはもっと盛り上がってほしいという思いがある。どうすれば盛り上がりますかね、と聞くと、簡単ですよ、と言う。「みんな協力し合えればいいと思うんです。今は、自分のところだけががんばっても難しい時代。地域で、千住で、協力すれば一緒に盛り上がれると思います。Sdcoffeeさんと千住の銭湯がコラボしたように、垣根を越えて、つながれば、点が線になり、線が面になるはずですから」。
あえて月並みな言葉を使うなら、こういう人を「クリエイティブ」というのではと思う。自分のものさしをもっていてぶれず、「お金がなければ創ればいい」と自信を持ち、そして愛情が深い。フットワークの軽いこの人が、今地元に目を向け、銭湯を盛り上げたい、まちを盛り上げたい、と言う。わくわくした。千住には面白い人がいる。
取材:2020年11月19日、12月1日
写真:伊澤直久
文 :舟橋左斗子
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