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【story18】整体カフェで幸せを


高木みほさん 31歳

千住暮らし【ストーリー1】写真1



整体カフェ「Reliev(リリーブ)」は「せんつく」の1階にある。せんつくは10年以上空き家だった民家をリノベーションした複合コミュニティスペースで、「千のつくるが行き交う」がテーマ。人と人が交わり楽しみながら暮らしをつくっていく――そんなぬくもり溢れる場所の一角に、人を癒したいと2年前に独立した高木さんが、今年6月、曜日で変わる「アロマ整体」と「カフェ」のお店を始めた。


福の神になりたくて

整体カフェ――なんて魅惑的な取り合わせだろう。ほんのりとアロマが香り、体も心も癒してくれる空間。そこに、高木さんのやわらかく弾ける笑い声が響く。まるで〝ほら、楽しいでしょう?〟と軽くなった背中をポンと押してくれているようだ。

週4日はアロマ整体、金・土曜のみカフェに変わる。「日々、目まぐるしい世の中じゃないですか。来られた方がここにいる間だけは、自分のことだったり家のことだったりを吐き出して、日常から空っぽになって欲しいと、空間を大事にしています」。

「Reliev」は「ホッとする」「安心する」「社会とか縛りのあるところから解放する」という意味があるのだそう。「その名前の通りここに来たらほっとできたり、世間体、人間関係のしがらみから解放される場所になったらなぁと思って名付けました」。


癒しのエキスが、ふんわりと詰まった優しい室内には、温かみのあるハンドメイドの小物やドライフラワーが飾られていて、自分の家のようにリラックスしてね、と言ってくれているようだ。その中に、ユニークなイラストを見つけた。恵比寿様を先頭に七福神が商店街・千住えびす会を楽しそうに歩いている。傍らには高木さんの姿も。「七福神の中に入って、八福神の一人として描いていただきました。別の1枚では恵比寿様をマッサージしているんですよ」

作者は千住在住のイラストレーター・なかだえりさん。「珈琲物語」に飾られていたイラストに惚れ込んだ高木さんに、マスターが紹介してくれたという。


「福の神になりたくて。布袋尊さんの袋の中に幸福がいっぱい入っているという説があって、私はそこを目指しているんです。私と関わった方々がほんの少しでも幸せな気持ちになってもらえたらなと」。高木さんの想いが、なかださんの絵の中にある。


整体を始めたのは大阪に住んでいた頃のこと。「当時つきあっていた彼が腰痛持ちで、マッサージしてあげているうちに興味を持って勉強始めたんです」。自分の店を持ちたいと思いつつも、親の反対を押し切って大阪暮らしをした負い目から、東京に戻った後、地に足のついた仕事として保育士を選んだ高木さん。自分のやりたいことと現実の間で、苦しい思いをした。「具合が悪くなってきちゃったんですよ。電車に乗っていたら勝手に涙が出ちゃったり、足に鉛をつけられているように動かなくなったり。保育園に着いたら気持ち悪くてトイレから出られなくなったり」。

そんな時にふらっと入ったのがカフェ。最初はチェーン店に、やがて落ち着いた個店を見つけ、そこで過ごす時間に救われた。珈琲の香りの中でゆったりと自分を見つめ直し「カフェと整体を合体させたお店をやりたい」と心が決まった。


国道4号を越えた地域のぬくもり

北千住駅東口のストレッチ専門店に勤務しながら経験を積んでいた時、お客様から勧められたのが「せんつく」内の銀鮭専門店「ウチワラベ」。高木さんが初めて国道4号越えて訪れたお店で、美味しいだけでなく、まさに運命の出会いとなった。


「店主の方も関西弁が少し入っているので、懐かしくて。大阪で住んでいた堺方面は、すっごいお節介だけどあったかい地域。その良さを感じて、ここにお店を出したいと思ったんです」。大阪の人と人との距離感に馴染んでいた高木さんにとって、生まれ育った東京に冷たさを感じることもしばしばあった。「日比谷線で通勤していたんですけど、『降ります』と言っても誰も動いてくれなくて。大阪では『ねえちゃん降りんで~』とみんなに声をかけてくれたんですよ」。


一人で飲みに行っても、「東京はオシャレで、周りとの交流が少なくて。最初に行ったお店が北千住駅の近くで、おひとり様空間を大切にされるというか、お店の人とそんなに関わるということがないので、ちょっと淋しかったんです」。それを見事に覆してくれたのが、ウチワラベ。「国道4号越えたら違っていたんですよ!」。ウチワラベ店主の内田洋介さんは、独立したいという高木さんの相談を聞いて、背中を押してくれた。


そんなウチワラベの入っているせんつくの2階には、パン教室や食のワークショップをやっている「千住コトノワ」もあり、人と人とが交流できる場のあたたかさに惹かれた高木さん。せんつくに店を構えたいと思うようになったが、当時は今のRelievが入っている部屋はレンタルスペースで、高木さんに実績がないことから入居は叶わず、一時的にスペースを借りて整体を始めた。


その後、正式に独立し、大門商店街のマンションの1室で整体のお店を開始。ストレッチ専門店時代のお客さんも来てくれた。今でも故郷のように大事な生活の場だ。「大門商店街は本当にあったかい場所」。その理由を尋ねると、次から次へと、いい意味で東京とは思えないエピソードが出てくる。


お客さんを出迎えるため道に立って待っていると、知らない子どもが「こんにちはー」と挨拶してくれる。「東京から福岡に引っ越した方から、『子どもが挨拶してくれたのにびっくりした』と聞いて『北千住でもあったよ』と。田舎ではあっても、都心ではないですよね」。

「隣のお花屋さんが、ピンポーンとコーヒー持ってきてくれたり。お菓子をもらい過ぎたからと持ってきてくれたり。本当に大阪みたいなんです」。お節介で放っておかない距離の近さが、奮闘する高木さんを支えた。


銭湯も高木さんをあったかい気持ちにしてくれる、好きな場所だ。以前、風呂なし生活をしていた時、お世話になっていたのがニコニコ湯。「おばあちゃんたちとも仲良くなりました。癒しの場所です」。閉店ギリギリに駆け込むことも多く、店主の鈴木さんには独立前に相談に乗ってもらったこともある。銭湯はお客さんも多彩。「すごいスタイルのいいお姉さんがいて、浸かりながら読書しているんですよ。他の銭湯に行った時にたまたまお会いして、サウナの入り方を教えてもらったり。下町感を感じました」。


癒しと師匠の「珈琲物語」

「せんつく」のレンタルスペースが変更になり、大門商店街で実績も積んで、せんつくに念願の出店を果たした高木さん。整体カフェにとって、なくてはならないのが千住の老舗喫茶店「珈琲物語」のマスターの存在だ。コーヒーの淹れ方を学んだ師匠でもある。

ストレッチ時代のお客さんに教えられて行った珈琲物語で、飲んだコーヒーに衝撃を受けた。「いろんなお店のコーヒーを飲んできたけど、いつかマスターに焙煎をお願いしようと決めていた」。


Relievで出すコーヒー豆は、珈琲物語から毎週仕入れている。特にこだわったのが、セラード。ブラジルのセラード地域で生産されるコーヒーで、「飲んで目茶目茶感動して、いつかセラードを使ったブレンドをと思った。今、カフェで出しているRelievブレンドがそうです。酸味が苦手なので、酸味が出ないようにマスターに焙煎をお願いしました」。

整体のお客さんにも珈琲物語を勧めたり、時には一緒に行くことも。高木さんが一番好きなフードメニューは「のりチーズトースト」。「絶妙なしょっぱさが、たまらないんです」。1人で行く時にはカウンターに座って、マスターと話すのが定番。お互いにお酒好き、銭湯好き同士、話しが合う。「千住でお店を開いて34年なので、歴史の事を話してくれたり。体調が悪い時には『病院に行きなよ』と心配してくれる。みほちゃん、みほちゃん、と呼んでくれるのも嬉しいです。家族みたいであったかい」。

マスターも、息子さんと同い年の高木さんを「娘が増えたみたい」とかわいがっている。自店の食器も作るほどの陶芸の腕前で、Relievにはカフェオープンの記念にプレゼントされた花瓶がある。高木さんもマスターにならって挑戦している一方で、マスターも高木さんの影響で「己(おのれ)書」を始め、一緒に習っているという。


「マスターも珈琲物語も癒し。お風呂に入っているみたいにオフになれる」。仕事のことばかり考えてしまいがちな日常の中で、力を抜ける貴重な場となっている。マスターが高木さんの整体を受けることもあり、癒し癒されの、あったかい交流が続いている。

多彩な趣味を楽しむ

整体のお客さんへのケアは、体を整えるだけでなくココロから楽になってもらえるように努める。さらに、それだけにとどまらないのが、高木さんのやり方だ。何かやりたいけど見つからないと思っている人には趣味を、運動が必要な人には楽しくカラダを動かす方法を提案している。「これならできるかも」「それならやってみたい」と自分から思えるものを、一緒に手探りしていく。


室内に「己書」や陶芸作品など、高木さんが作った様々なものが飾ってあるのは、少しでも興味を持ってもらえたらという気持ちからだという。「趣味が見つかっていない人が多い気がして。お客様が趣味を持つきっかけになればと」。


高木さん自身、多趣味だ。カート、ランニング、リース作り、アコースティックギターなど、文化系から運動系まで幅広い。「生きていることを楽しみたい」という思いが、壁を作らずフットワークを軽くしている。

関屋駅近くの「シティカート」は、その趣味で通うスポットの一つ。23区内唯一の本格レンタルカート場で、初心者から上級者まで楽しめるサーキットを有している。カートを始めたのは3年ほど前から。父が昔からやっていて、高校から始めた弟はライセンスも持っているそうだ。「ずっとお父さんに反抗していて、大阪に行ってからあまり帰ってくる機会がなかった。でもお父さんが大腸がんになっていろいろな感情が湧いて、カートに誘われて行ったら、ハマっちゃった」。埼玉県羽生市のカート場で走っていたが、近くにもあると知ってからシティカートを利用している。

カートの魅力は何といってもスピード。シティーカートでの最高速は40㎞以上。「地面に近いのでスピード感は3倍。最近始めたレーシングカートは100㎞出るので、体感は300㎞。もう慣れましたけど、最初はアクセルを踏み込めと言われてもなかなか怖くて。あと筋肉痛になります」。

以前は月1回だったが最近はなかなか行けず、カート大会前になると練習に通う。N35の車種があるのも魅力という。最近はスピードが電動で制御されている車種が多く、N35はスピード感が全然違うのだとか。コースレイアウトが毎年変更になるのも珍しいそうで、「新しく磨いていくたのしさがある」と高木さんを虜にしている。



ランニングは普段は健康のために、週3回行っている。朝に走るときのメインは荒川土手。必ず千住大川町氷川神社にお参りする。昨年3月に店を移転したばかりの時に、新型コロナに感染。タイミングの悪さに落ち込み、お参りに来て「布袋尊の像が笑っているのを見て、笑わなきゃ」と励まされた。


夜ランは千住大橋の下、隅田川ベリが定番。「川面に車のライトや町灯りが映るのがきれい」なのがお気に入りの理由の一つ。ハーフマラソンの大会出場前は、毎日のランニングに加え、葛飾区の水元公園でハードな走り込みもする。来年は大会で1時間40分を切るのが目標だ。


千住大橋を渡って、南千住まで足を伸ばすこともある。たまたま見つけた「オールブルーキッチン」は、有機野菜など厳選した各地の産直野菜を扱っているお店で、店頭でレモネードも販売している。オーナーの井口徹さんが東日本大震災をきっかけに、「子どもに安全なものを食べさせたい」と始めたそうで、青空マルシェも開いている。


7月の「せんつくまつり」用のレモネードに使うレモンの相談をして以来、このお店でレモンを仕入れている。店を任されている梅田遥菜さんと意気投合、今やお店を行き来し、食について語り合う仲間。キャリア30年のフレンチのシェフが奥の厨房で作る総菜も、高木さんのお気に入りという。


一人飲みは人との出会い

高木さんの千住暮らしに欠かせない、一人飲み。もちろん友達と飲むのも好きだが、「あ、今日、飲みに行きたいな」とご飯を食べに行く感覚で決めるので、自然と一人で行くことが多くなる。行きつけのお店を決めるポイントは、「まずは食べ物の美味しいところ」。


ウチワラベからのつながりで開拓するお店もあれば、偶然見つけるお店もある。無国籍酒肴「Himeji」は、たまたま通りかかって食事をして、パスタのおいしさに大感動。店主に話を聞くとなんと豪華客船のシェフだった人だとか。

最近、大門商店街から赤門寺近くに移転した「いわ咲」は、焼き鳥が美味しくて行きつけのお店。


北千住駅東側の地元割烹「とめだて」は、「自分へのご褒美の時に行く」お店。コース料理のみで、毎回料理が違う贅沢さがお気に入りだ。


「どの店も、マスターに会いに行ったり、たまたま常連さんと同じカウンターの席になったら挨拶したり。お店同士のつながりが強いのもいいです」。飲みに行った先で別の店のマスターに居合わせることもあって、そこで「今度行きましょう」と新しいお店を教えてもらうこともある。そうしてつながっていくことが、一人飲みの醍醐味でもある。


そんな高木さんも、一人になりたいことがある。そういう時には、あえて新しいところに入ってみる。最近、周りを気にせず飲みたい時に選ぶのは、「Jazz Live Bar Birdland(バードランド)」。「お喋りするよりも、音楽を聴く店なので」。そんな風に、たまには音楽に身を浸す心地よさもいい。


大好きな千住を知って欲しい

お客さんに勧めるために行き始めたお店もある。千住桜木のダイニングバー・バル「Out Door Dining CLIMB (クライム)」。店主の野堀祥仁さんが山好きで、山小屋をイメージした店内が特徴。ちなみに、姓の読みは「のぼり」さん。山登りに縁が深そうなお名前で、思わずフフッとなってしまう。


高木さんが訪れたのは、運動嫌いのお客さんの「山登りならできるかな」の一言から。勧めるからには自分が山登りを知って勉強しないと、と見つけたのがこのお店。野堀さんに話すと「じゃあ、一緒に行きましょうか」と誘われ、筑波山に挑戦。登山の楽しさを知っって、また新しい趣味が増えた。


そうして得たものが、整体のお客さんに還元されていく。高木さんにとっての一人飲みは、趣味と仕事と自身の心の栄養を兼ねたものなのかもしれない。

「整体にプラスαをしたいんです。趣味が見つかっていない人にはカフェの時のワークショップを勧めたり、食べることが好きな人はランチに連れ出してみたり。私も伝えるためにいろいろ挑戦したい」


整体をやっていて気づいたのが、人はやりたいことがあっても、体の不調でできない、できないと決めてしまうことが多いということ。「特に大人になると、どうせだめだよ、と考えるようになってしまう。お母さんが元気がないと余裕がなくなってしまうので、子供の可能性が狭くなってしまうのではないか」。体と心は一つ。体を整えるだけでなく、心の活力を取り戻すことが大事になる。


「施術を受けに来てもらって、元気になってもらえるのはとてもうれしい。でも、それだけじゃもったいない。千住はいいところなので、もっと千住を知って欲しい。この町が好きなんですよ。あったかくてお節介で面倒見がいい4号を越えたこっちの良さを、お客様に知って感じて欲しい」。「みほマップ」を作って、カフェやオススメスポットなど千住巡りツアーもしたいと、計画中。


「自分が幸せだったら、周りも幸せなんじゃないかな。お金、地位とか大きいものに幸せを求めやすいように感じる。でも、毎朝、ちゃんと目が覚めて起きられるだけでも幸せ。食べておいしいと感じる人は、食べることから、何か興味を持ったことがあれば、まずはやってみて、そこから少しずつ小さな幸せを増やしていければ」。


関わる全ての人に、日々の幸せを感じて、笑顔でいて欲しい。福の神は、楽しさを見つける達人だ。






取材:2022年9月12日、9月16日、11月14日、11月29日

写真:伊澤 直久(伊澤写真館)

文 :市川和美


 

文中に登場したお店など




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