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【story16】好きなまちに家を造る


わだらぼ一級建築士事務所 和田真寛さん 37歳

千住暮らし【ストーリー1】写真1




地方移住、二拠点生活といったワードは、コロナ禍で見聞きする機会がさらに増えている。千住にも、家族で二拠点生活を楽しむ人がいる。『わだらぼ一級建築士事務所』代表の和田真寛さんだ。千住と茨城県大子町(だいごまち)に中古物件を買い、自身の手でリノベーションし、奥様と2人の娘さんと4人で暮らしている。茨城ではサウナやゲストハウスの運営を始めようと、現在はその準備に忙しくしつつ、家族との時間も大切にしながら理想の暮らしを形づくっている最中だ。


東京暮らしを夢見て、たどり着いた千住


和田さんが都内で暮らすのは、千住東。北千住駅から比較的近い場所にありながら、静かな住宅街で、周囲には戸建て住宅が多い。夫婦共に茨城県出身で、29歳で結婚してからは千葉県の流山おおたかの森に住んでいた。それまで東京に出たことがなかった和田さんは、東京で暮らし、働くことに興味を持ち、2016年にやって来たのが千住だった。


新しい住まいとして千住が候補に挙がったのは、2人の実家へアクセスが良かったから。当時、和田さんのお父様の介護があり、通いやすいように常磐線沿線に目星をつけていた。飲むのが大好きな和田さんは、クラフトビールが楽しめる『さかづきBrewing』目当てで北千住駅で降り、物件を探してみることにした。とあるマンションの空き物件に目星をつけつつ、ぶらぶら歩いていたところ、千住旭町の不動産屋の窓に貼られていた中古の戸建て物件を発見。早速問い合わせ、迷わず購入。一級建築士でもあり、DIYクリエーターでもある和田さんが手を加え、現在の自宅兼事務所が完成した。


もともと、この家の持ち主はご近所ではちょっとした有名人だったそう。学童の手伝いなどにも積極的に携わる男性で、ひょうきんなキャラクターで人気者だったが、不慮の事故で亡くなり、家が売りに出されることに。この家がどうなってしまうのか、どんな人が代わりに住むのか、ご近所さんからも注目を集める物件だったらしい。


当時、奥様の沙央理さんは初めての妊娠中でほとんど動けず、和田さんがほぼ1人で床の張替えや壁の塗り直しなどの作業をした。土地勘もなければ知り合いもいない中でのスタート。「南千住のホームセンター『ロイヤル』へ自転車で行って道具を買いに行きつつ、DIYをしていました。地方は土地が広いので意識をしたことがなかったですが、東京はゴミをしばらく溜められるスペースも少なく、こまめにゴミを出しに行くなど意外な苦労もありましたね」。住めるような状態になるまで約8か月。その後は、住みながらDIYを続けた。


ご近所付き合いは、命を守るためにも必要


和田さんは外で作業をしていたことも多く、興味を持った近所の人から声をかけられ、自然と会話が生まれた。家が完成して長女の帆乃芽(ほのか)ちゃんが産まれると、さらにご近所さんから話しかけられることが増え、自然と溶け込んでいった。和田さんのモットーは、“来る者を拒まず”だ。「自分の母がお喋り好きで近所付き合いをしている姿を見てきたので、自分にもその血が引き継がれているのかもしれませんね」と笑う。

自分たちと同じ、小さな子を持つ親だけでなく、お年寄りも、若い世代とも交流があり、今では子どもにお年玉をくれたり、料理をおすそ分けしてくれたりするご近所さんもいるという。「隣に住んでいる20代の男の子が“自分で机を作ってみたい”と、相談に来てくれたりもするんですよ」。


千住に来てすぐ、お祭りのお神輿の担ぎ手に誘われた和田さんは、30代の若さで、現在は町内会の役員も務める。何十年と千住に暮らす重鎮たちの間でも存在感を発揮している。当初は町内会のイベントに、家族で参加して楽しむだけだったという。意識が変わったのは、引っ越して2年目の2018年、町内会のイベントのスイカ割り大会だった。「小さな子ども連れの家族がたくさん参加して楽しんでいましたが、準備して片付けしているのは年配の方たち。若い世代がおいしいとこ取りをしているような違和感を感じました」。スイカを食べ尽くして満足げに帰っていく家族連れを横目に、和田さんは会場に残って片付けを手伝うと、その場にいたベテラン住人たちが声をかけてくれ、色々話をするようになり、やがて町内会の役員を任されたというわけだ。


防災の面でも近所付き合いは大切だと和田さんは語る。きっかけは、2019年に東京を直撃した台風。荒川は氾濫目前にまで水位が迫り、荒川と墨田川に挟まれた千住は学校などに避難所が開設された。しかし、避難する人が一気に押し寄せて、実際には避難所に入れなかったという声も多かった。「どの避難所が定員オーバーなのか、行政よりも、人づての情報の方が早かったんです。今後も台風や地震などの自然災害の可能性があります。そんな時に一緒に助け合えるコミュニティがあると安心ですよね。そのためにも、町内会の活動は今後も続けていくつもりです」。


課題として感じるのは、どうしたら若い世代にまちへ興味を持ってもらうか。今年の冬の大雪でも、そのことを切に感じたという。「最近、柳原エリアにも新築の家が増えて、若い家族連れをよく見かけます。大雪の翌朝に様子を見に行ったら、新しい家の周りは雪かきがされていないことが多かったです。自分たちは何とか通れるかもしれないけれど、道路はお年寄りも通ります。残った雪が凍って、ケガをする人が出るかもしれない。普段から近所付き合いがあれば、“隣のおばちゃんが通ると危ないから、広めに雪かきをしておこうか”という気持ちに繋がると思うんです。今後は若い人も町内会の活動などに巻き込んでいくのが目標です」。


意外にも、密なご近所付き合いは出身の水戸より千住の方があると和田さんは言う。「水戸では、隣の家といっても東京のように隣接しているわけではないし、買い物など外出は基本的に車。スーパーの中で知り合いに会うことはあっても、道端でバッタリ会って雑談することは少なかったですね。たまたま会うことで会話が広がる楽しみを知ったのは、千住が初めてでした」。

では、結婚当初住んでいた流山おおたかの森はどうだったのだろうか。新興住宅地のため街並みがしっかり整備され、若い家族連れも多い。住みやすいまちとして近年メディアに取り上げられることが激増しているまちだ。「チェーン店や大型店舗が多く、必要なものがコンパクトにまとまっていて便利。当時は特に気にならなかったけれど、一方で家族以外との会話が生まれるきっかけに乏しかったです。千住は点在するお店を何軒も巡る手間はあっても、自然とお店の人と会話が生まれたり、知り合いに会って立ち話をしたりと、自分には千住の暮らしの方が合っている気がしました」。


肉も魚も野菜も人情も、何でも揃う商店街


和田さんがよく買い物するのは、家から数分の距離にある『横田青果店』。「専用の小銭入れがあるぐらい、かなりよく行きます」と言うように、和田さんと取材チームがお店に行くと、店主の横田さんが「おお!あんちゃんか!」と声をかける。



北千住駅の目の前を通る学園通り商店街を抜けたところにある焼肉材料店『河の家』にもよく行く。高級焼肉店で味わえるような肉がかなりリーズナブルに入手できると人気の店だ。「生のモツがビックリするほど新鮮でおいしくて、よく買いに行って家でもつ鍋をします」。


家族での外食の定番は、学園通り商店街の『金沢能登直送 食堂お魚や 北千住店』。「金沢や能登の新鮮な魚を、家族みんなで来てもお腹いっぱいリーズナブルに食べられます。生サバも脂がのってオススメです! ご店主もすごく親切で、千住でいちばん通っているお店」。




建築事務所を開業し、拠点を千住と茨城へ


和田さんは建築系の専門学校を卒業後、大手ホームセンター系のリフォーム会社に勤務して住宅リフォームを経験後、国立大学の職員に。大学では施設管理を担当し、新営·営膳計画を立てて工事の発注をすることが主な業務だった。安定はしているが、自分自身が成長できる場なのか疑問に感じ、空き家事業を手がける恵比寿のIT不動産のベンチャー企業に転職。そこでさまざまなことを学び、2021年に独立して千住に自宅兼事務所を構えた。在籍していた会社のwebサービス事業などの仕事を現在も一部請け負い、PC作業をする時間が長い。


千住の家を完成させた和田さんは、最近茨城にも中古物件を購入し、新たな計画に向けて着々と準備を進めている。その場所は、福島県と栃木県の県境に近い茨城県大子町。購入した物件は、千住に比べると敷地も広く、150㎡の家が土地込みで700万円ほどだったそう。こちらも自らリノベーションし、家族と二拠点生活を楽しんでいる。現在は新たにリノベーションを進め、サウナとゲストハウスの運営ができるように準備中だ。施設面を整えるだけでなく、社会人大学で学んでMBA取得も目指している。


この地を第二の拠点にしたのは、長女の帆乃芽ちゃん(5歳)と次女の萌生芽(もえか)ちゃん(2歳)の2人の子どもの存在が大きい。「のびのびできる環境で、子育てをしたくなったんです。大子町は山も間近に見える里山で、もともと祖父母の家があった町でなじみがありました。千住からは車で2時間半ほどかかりますが、母の現在の住まいからは車で1時間ほどなので、孫との交流もしやすいかなと」。実際、和田さん一家が茨城に滞在している際、お母様は子ども達に会いに来る。「母も子ども達も喜ぶし、自分たち夫婦も母に子育てを少し手伝ってもらって、夫婦で出かける時間もできました」。


コロナ禍で目覚めたアウトドア&千住探索


和田さんが構想するサウナのある里山の宿泊施設。近年のサウナブームでは、大自然の川や湖に飛び込んで火照った体を冷ます様子がメディアで紹介されることも多い。和田さんもその気持ち良さを知り、茨城の自身の家もさらにリノベーションして、事業化するのを目指しているというわけだ。サウナで“ととのい”、BBQをし、想像しただけでもワクワクする。


和田さん自身のアウトドア熱が高まったきっかけは、新型コロナウイルスの感染拡大だった。「それまでは荒川の土手すらほとんど行かない生活でした。2020年に緊急事態宣言で外出自粛になる直前、妻は次女の出産のために長女を連れて里帰りをしたので、自分は家で気ままに過ごしていました。でも、数か月して家族が戻ってきて、4人で家にこもっていたら辛くなってしまって…」。


そんな時に家族で荒川土手に行ってシートを敷いて座り、テイクアウトしたお弁当を食べてみた。「すっごく気持ちが良くて味をしめました。これ、山に行ったらもっと楽しいんじゃないかって。すぐにアウトドア用品を買いに行きました(笑)」。


アウトドアと共にすっかりサウナの魅力にハマッている和田さんは、千住暮らしもサウナと共にある。仕事の合間に荒川土手までジョギングをして汗を流す。千住新橋と西新井橋の間あたりにある銭湯『金の湯』に寄り、サウナに入るのを自分へのご褒美にしている。「自分のサウナハットも持って行きますよ。ものがあると、より“ととのう”気がします(笑)」。

コロナ禍でのリモートワークを経ての自宅開業と息抜きのジョギングで、千住の中での行動範囲も広がった。住まいのある北千住駅東口エリアだけでなく、西口エリアも含めてお気に入りのお店も増えていった。千住3·4丁目の北千住サンロード商店街にある『ふらんすや』のパン、その近くにある『魚屋ツキアタリミギ』で食材を買い、千住仲町のミリオン通り商店街にあるワイン食堂『WINE&DINE Vinogris』の自家製ハムなどをテイクアウトするのがお気に入り。お酒が大好きな和田さんは、飲み屋横丁にできた『かき沼北千住nomiyoko店』で日本酒を角打ちで飲んだり、買って帰ったりすることも。「その都度食べたくなったものをふらっと買いに行かれるのも千住の魅力ですね」。


お酒好きな和田さんは、週2~3日は1人で飲みに行く。子ども達のお迎えは、会社勤務をしている奥様の役割。和田さんが夕方に仕事を終え、家族が帰るまでに時間は自由時間になる。「1杯だけサクッと飲むと、オフの気分に切り替わります。家に帰りやすいよう、東口で飲むことが多いですね」。お気に入りは、モダンな店内で串焼きが楽しめる『千住 かたすみ』や、ビールと日本酒を楽しめるバー『八文字(はちもじ)』だ。特に『八文字』のポテトサラダの大ファン。「その時によってポテサラの種類が変わるので、それが特に楽しみ」と笑う。恵比寿で働いていた頃は都心で飲むことが多かったというが、「千住は安くておいしいお店が多いし、個人店も多くてそれぞれ違うスタイルでおもしろい。都内では千住以外では滅多に飲まなくなってしまいましたね」。


おうち時間も満喫


外で飲むのも好きだが、家で気兼ねなく飲むのも大好きな和田さん。「肝臓のトレーニングも兼ねて毎晩お酒は欠かせません(笑)」。自宅のオープンキッチンの棚にはさまざまなお酒のボトルが並び、バーさながらだ。家族団らんしながら飲むこともあるが、子どもの保育園の友人家族や仕事関係の仲間などを招き、ワイワイ過ごすこともコロナ禍前にはあった。



住居スペースの2階は、もともと和室が3部屋というつくりだったが、子どもがおもちゃを広げたり、駆け回ったりしても支障がないよう、壁をぶち抜いてワンフロアに。リビングダイニングでもあり、寝室でもある。



人が集まっても圧迫感がないよう、シンプルなつくりで、キッチンもオープンに。自ら料理をすることもあるので、作業しやすいようにいつでも整理されている。中央に柱があることで、食事スペースと遊んだり寝たりするスペースがゆるく分けられている。来客時もキッチン側に大人が集まり、反対側の家具が少ないスペースには子どもが集まって遊ぶことが多い。



それにしても、小さな子どもがいるのにこんなに部屋が片付いているとは、驚きだ。きれいな状態を保つコツを尋ねると「使ったらすぐ片付けること」と言う。和田さんは空気でパンパンに膨らんだいくつもの風船の空気を抜き、ゴミ箱へ。「娘の誕生日で飾ってたんです」と和田さん。「空気がまだ全然抜けてないじゃないですか!? いつのですか?」と不思議がる私たちに「おとといです。もう済んだことだから」とキッパリ。部屋の美しさを保つには、潔さが必要なのだ。


子育ても迷うことはないのかと聞くと、長女が生まれた時はひとつひとつ真剣に受け止めすぎて、戸惑うことも多かったと目を細める。「夜泣きをしたり、熱を出したり、いちいち心配になって夫婦2人でかなり神経質になっていました。2人目が生まれてからは、加減がわかってラクになりましたね。自分は昔からかなり神経質でしたが、結婚して、そして子どもが産まれてだいぶ寛容になりましたよ」。


スッキリしているのに、決して殺風景ではない和田邸。その秘密は壁面を彩るフェイクグリーン。色や奥行のバランスを試行錯誤しながら組み合わせ、夫婦で手づくりした。家の中にいても、自然を感じてリラックスできるのが魅力だ。



千住暮らしは外遊びも楽しい


家の中のグリーンはフェイクだが、外には生命力いっぱいのハーブガーデンがある。ここで育てたハーブを子ども達と摘む時間も楽しい。昔は桜の木が植えられていたが、和田さんが引っ越して来た時は切り株だけ残っていたそう。「誰も管理していないので、周りに雑草が生えて荒れ果てていました。昨年、ハーブの苗を買ってきて植えたら、自然にどんどん育って、子供たちも喜んでいます。



ハーブガーデン以外にも、家の周りは子ども達の遊び場がいっぱいだ。路地にあり、車や自転車は滅多に通らないので、家の周りを自転車で何週も周るのが子ども達の楽しみでもある。「子ども達が遊んでいると、近所の方たちが話しかけてくれることも。そういう環境で子育てができるのも良いですね」。


荒川土手はもちろん、千住は公園も多いので、タコの滑り台がある『千住東町公園』や夏には水遊びができる『千住旭町公園(太郎山公園)』にもよく遊びに行くという。「土手や公園など子どもが走り回れる場所もあるし、ご近所さんとも交流を持てるし、子育てする人にとっても住みやすい場所ですね」。


千住と茨城、それぞれの暮らしの魅力を体感する和田さん。次なる構想は、千住のコミュニティで知り合った人たちを、茨城の自身の家に招くこと。リノベーションがどういう形で完成するのか、そこに集う人がどんな化学反応を起こすのか、今後が楽しみだ。








取材:2022年5月12日·6月4日

写真:加藤有紀

文 :西谷友里加

土手の写真協力:(一財)足立区観光交流協会

あだち観光ネット https://www.adachikanko.net


 

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